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東京地方裁判所 平成9年(ワ)24246号 判決 1998年9月24日

主文

一  被告松原鍾恒こと崔鍾恒は、原告に対し、金一三〇一万二〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告都築信子は、原告に対し、金九一〇万八四〇〇円及びこれに対する平成九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告都築脩は、原告に対し、金三二五万三〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告都築和夫は、原告に対し、金六五万〇六〇〇円及びこれに対する平成九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告の被告松原鍾恒こと崔鍾恒、同都築信子、同都築脩及び同都築和夫に対するその余の請求並びに被告住宅金融公庫及び同第一勧銀信用開発株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告松原鍾恒こと雀鍾恒、同都築信子、同都築脩及び同都築和夫の負担とする。

七  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告住宅金融公庫は、原告に対し、金九二七万九四五二円及びこれに対する平成九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告第一勧銀信用開発株式会社は、原告に対し、金四一一万二一六四円及びこれに対する平成九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告松原鍾恒こと崔鍾恒は、原告に対し、金一四四三万六二二三円及びこれに対する平成九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告都築信子、同都築脩及び同都築和夫は、原告に対し、各自金一九二四万五二五七円及びこれに対する平成九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物」という。)を競売により取得した原告が、本件建物のために存在するとされていた同目録記載(二)の土地(以下「本件土地」という。)の賃借権が、賃借人であった被告都築信子(以下「被告信子」という。)の賃料不払いを理由に解除されていたため、主位的に、本件競売による売買のうち、本件土地借地権の部分のみを一部解除するとして、予備的に、代金減額請求権を有するとして、本件建物の共有者であった被告信子、同都築脩(以下「被告脩」という。)及び同都築和夫(以下「被告和夫」という。なお、右被告ら三名を併せて「被告都築ら」という。)に対し、借地権相当価格の返還を請求するとともに、被告都築らは無資力であるとして、競売代金から配当を受けたその余の被告らに対し、配当金の返還を請求した事案である。

一  争いのない事実等(争いがあるものについては、括弧書きで証拠を示す。)

1 被告信子は、平成七年一〇月一七日当時、本件土地所有者である訴外小島量為株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、本件土地につき賃貸借契約(以下、右賃貸借契約を「本件賃貸借契約」といい、被告信子が右賃貸借契約により取得した本件土地についての借地権を「本件借地権」という。)を締結し、本件土地上に、被告脩及び同和夫とともに本件建物を共有していた(共有持分は、被告信子が二〇分の一四、被告脩が二〇分の五、被告和夫が二〇分の一)。

2 本件建物につき、被告松原鍾恒こと崔鍾恒(以下「被告松原」という。)の申立てにより、平成七年一〇月一七日、東京地方裁判所において、担保権の実行としての競売開始決定が出され、不動産競売手続が開始された(東京地方裁判所平成七年(ケ)第四二五五号不動産競売事件。以下「本件競売」という。)。

3(一) 本件競売における執行官の作成に係る平成七年一一月二四日付け現況調査報告書には、被告信子が本件土地につき賃借地を有するものと認められるとの趣旨の記載がある。

(二) 評価人の作成に係る平成八年四月三〇日付評価書には、本件建物のために本件借地権(期間は昭和六〇年一〇月二一日から二〇年間)が存在することを前提に、調査時(平成八年三月一九日)現在地代の滞納はないこと、本件借地権の存在を考慮した上で算定した本件建物の評価額は金二七七〇万円であることがそれぞれ記載されている。

(三) 執行裁判所の作成に係る同年七月四日付の物件明細書には、本件建物が借地権付建物である旨の記載がある。

4 原告は、前記の現況調査報告書、評価書及び物件明細書を基に、同年一〇月二日、執行裁判所が前記の評価書に基づいて定めた最低売却価額金二七七〇万円を上回る金二八五一万二〇〇〇円で入札を行い、同年一〇月一六日に執行裁判所による売却許可決定を得た。被告都築らは、本件競売手続に瑕疵があるなどと主張して、右売却許可決定に対する執行抗告を申し立てた(東京高等裁判所平成八年(ラ)一九六九号)が、同年一二月二〇日、右執行抗告を棄却する旨の決定が出された。右決定は、平成九年一月六日に被告都築らに送達され、同日、前記売却許可決定が確定した(公知の事実)。

5 原告は、同年三月三日、売却代金を納付して本件建物の所有権を取得した。

6 原告が納付した売却代金により、同年五月三〇日、第一順位の抵当権者である被告住宅金融公庫(以下「被告公庫」という。)に対して金九二七万九四五二円、第二順位の抵当権者である被告第一勧銀信用開発株式会社(以下「被告会社」という。)に対して金四一一万二一六四円、第三順位の抵当権者である被告松原に対して金一四四三万六二二三円の配当がそれぞれ実施された。

7 本件土地の所有者兼賃貸人であった訴外会社は、被告信子に対し、平成七年二月分から平成八年一二月分までの賃料合計金四三万七〇〇〇円(月額金一万九〇〇〇円)の支払いを催告した上、平成八年一二月一九日到達の書面により、右賃料の不払いを理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

8 原告は、平成九年四月二八日、訴外会社を相手方として、本件借地権の譲受の許可を求める申立てをした(東京地方裁判所平成九年(借チ)第三〇〇九号)が、訴外会社は、右手続において、本件賃貸借契約は賃借人である被告信子の賃料不払いを理由とする解除により終了しており、本件借地権は存在しない旨主張して争った。そのため、原告は、訴外会社との間で、本件賃貸借契約が被告信子の地代滞納を理由として平成八年一二月一九日に解除により終了したことを確認すること、原告は、訴外会社に対し、本件建物を金一五五〇万円で売り渡すことなどを内容とする裁判上の和解を成立させた(以下「本件和解」という。)。

9(一) 原告は、平成九年一一月二一日到達の本訴状をもって、被告都築らに対し、本件競売による本件建物の売買契約のうち本件借地権に関する部分のみについて解除する旨の意思表示をした。

(二) 原告は、平成一〇年五月一一日の第一回弁論準備手続において、予備的に、被告都築らに対し、本件競売による売買代金の減額を請求する旨の意思表示をした。

二  争点

1 本件一部解除の有効性

(原告の主張)

本件競売においては、本件建物と敷地利用権である本件借地権とは別個に評価され、各評価額を合算して最低売却価額が決定され、本件借地権は本件建物の従たる権利として一括売却されたものである。したがって、本件競売は、本件建物及び敷地利用権という二個の物件が売却の目的とされているのであるから、そのうちの存在しない敷地利用権部分についてのみ解除することも可能である。

2 代金減額請求の可否及び金額

(原告の主張)

本件競売において、存在するとされていた本件借地権が実際には存在しなかったのであるから、本件借地権の存在を前提として本件建物を競落した原告は、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用により、売却価格のうち、本件借地権に相当する価額につき代金の減額請求をすることができる。本件借地権の価額は、左記の計算式のとおり、金一九二四万五二五七円となる。

(13,540,000円(建物の積算価格)+28,120,000(敷地利用権価格))×0.95(市場修正)×0.7(競売市場修正)=27,700,000円(評価額)

本件借地権の価額=28,120,000円/41,660,000円×28,512,000円(本件建物売却価額)=19,245,257円

また、原告は、平成九年一月中旬ころ、被告脩と面会した際、被告都築らにおいて本件建物を買戻したいとの意向を示されたことはあるが、その際、本件賃貸借契約が解除されたというような事実は聞いていない。

(被告公庫の主張)

(一) 競売の場合には、民法五七〇条但書により担保責任が発生しないとされているのであって、任意競売にはない競売の構造上不可避の問題を考えれば、借地権が存在しなかったとしても、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用は認められないと解すべきである。

(二) 本件賃貸借契約につき、賃貸人である訴外会社による解除の意思表示があったからといって、そのことのみで法的に解除の効力が認められ、本件借地権が消滅するわけではなく、原告は、右解除の意思表示の効力を争い、訴外会社から建物収去土地明渡請求訴訟が提起されるのを待って本件借地権の存続を確定できたはずであって、裁判で本件借地権の存在が否定されて初めて本件借地権が存在しなかったことになるのである。にもかかわらず、原告は、訴外会社を相手方とする借地非訟事件非訟手続において、本件建物を金一五五〇万円で売り渡す旨の和解をしているのであって、これは、原告が自ら本件借地権を放棄したに等しい。したがって、本件においては、借地権の不存在を瑕疵として解除ないし代金減額の主張をすることはできない。

(三) 原告は、平成九年一月ころ、被告都築らから、本件賃貸借契約が解除されたことを知らされて右事実を認識していた。そうでないとしても、原告は、不動産売買等を業とするものであるから、競落にあたっては当該建物の敷地利用権につき調査義務を負っているところ、本件競売では、平成八年七月四日に作成された物件明細書に地代代払許可の記載がないこと(これにより競売申立債権者が借地人に代わって地代を支払っていないとの推測をすることができる。)、評価書の現調日が同年三月一九日であり、提出日が同年四月三〇日であること、執行官による現況調査が実施されたのは平成七年一〇月三一日であること、評価人の現調日から入札時期まで約一一か月とかなりの長期間が経過していること、現況調査報告書や評価書には本件借地権の不安定な内容が記載されていたことなどを総合すれば、原告は、地代の不払いについて調査の必要性を感じていたはずであり、調査せずに入札したとすれば重大な過失がある。したがって、原告は、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項に基づく解除ないし代金減額請求をすることは許されない。

(被告会社の主張)

(一) 原告は、本件建物を競落するにあたって、地主である訴外会社に対し、地代の滞納の有無及び本件賃貸借契約を解除しているか否かを問い合わせることが可能であった。したがって、原告は、右解除の事実を認識していたか、問い合わせをしなかったとすれば、重大な過失がある。したがって、原告は、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項に基づく解除ないし代金減額請求をすることは許されない。

(二) 訴外会社は、被告公庫に対し、「住宅建築に関する地主の承諾書」を差し入れており、右承諾書には、「借地人の賃料延滞その他の理由により賃貸借契約を解除しようとする場合は、あらかじめ公庫に通知していただくようお願いします。」との記載があったから、訴外会社が被告公庫に対して通知することなく本件賃貸借契約を解除したことは、解除権の濫用であって右解除は無効である。にもかかわらず、原告は、訴外会社との間の借地事件非訟手続において、右解除が有効であることを認め、被告公庫ないし被告会社らが右解除の無効を主張して抵当権を復活させる機会を一方的に奪ったのであるから、原告の行為は、故意又は過失により被告会社の抵当権を侵害したものであり、被告会社は、配当金額と同額の損害を被ったことになる。したがって、被告会社は、原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権と原告の被告に対する本訴請求権とを対当額で相殺する。

(被告松原の主張)

(一) 被告公庫の主張(二)と同旨

(二) 被告脩は、原告が本件建物の売却代金を完納する前である平成九年一月中旬ころ、原告と面会した際、口頭で、本件土地賃貸借契約が平成八年一二月一九日に解除されたことを通告したから、原告は、本件借地権が存在しないことにつき悪意であった。

そうでなかったとしても、現況調査から入札期日までは約一一か月という長期間を経過しているのであるから、原告には、右期間の地代の支払い状況につき調査する義務があったというべきであり、これを怠った原告には過失がある。したがって、原告は、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項に基づく解除ないし代金減額請求をすることは許されない。

(被告都築らの主張)

(一) 被告公庫の主張(一)と同旨

(二) 被告脩は、平成九年一月中旬ころ及び同年二月ころ、二回にわたり、被告代理人である弁護士田利治(以下「田利弁護士」という。)とともに、京王プラザホテルにおいて原告代表者に面会し、その際、田利弁護士は、原告代表者に対し、本件土地賃貸借契約解除の通知がきていることを通告した。したがって、原告は、本件借地権の不存在につき悪意であったから、原告が民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項に基づく解除ないし代金減額請求をすることは許されない。

3 被告都築らの無資力

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件一部解除の有効性)について

本件競売は、本件建物について設定された抵当権の実行として行われたものであるところ、抵当権の効力は、建物のみならずその従たる権利としての敷地利用権にも及ぶから、建物のために借地権が存在する場合には、当該借地権もまた建物に従たる権利として当然の売却の対象となり、建物の競落人は、建物を買い受けることにより当然に当該借地権をも取得するのであって、競売手続において建物とその従たる権利である借地権とが別個独立に売却の対象となるということはおよそ考えられないというべきである。原告は、評価書において本件建物と本件借地権とが別個に算定評価されていることを根拠として、二個の物件が売却の目的とされたものであると主張するけれども、評価書における右のような記載は、借地権付建物としての本件建物の評価額を算出する過程で、その算定根拠として本件建物のみの価額と本件借地権の価額とを算出して記載したに過ぎず、本件建物と本件借地権とが別個独立に売却の対象となることを前提とするものでないことは、評価書の結論としての評価額が本件建物と本件借地権とを区別することなく一個の物件の価格として記載されていることからみても明らかであって、さらに、執行裁判所が決定した最低売却価格はもとより、原告による買受申出の意思表示というべき入札も、執行裁判所による承諾の意思表示に対応する売却許可決定も、本件建物と本件借地権を区別することなく、一個の借地権付建物として取り扱われていることは疑問の余地のないところである。

したがって、本件競売による売買契約は、借地権付の本件建物を目的とする一個の売買契約であるから、その一部のみを解除することは認められないというべきであって、原告による本件借地部分についてのみの一部解除の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二  争点2(代金減額請求)について

1 民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用の可否

一般に、競売手続の過程において作成され、一般の閲覧に供されるものとされている現況調査報告書、評価書及び物件明細書の各記載によって、競売の対象とされている建物のために借地権が存在することを前提として売却が実施されたことが明らかである場合には、当該建物の買受人は、借地権を建物に従たる権利として当然に取得することが予定されているものというべきである。にもかかわらず、代金納付により所有権を取得した時点において実際には借地権が存在しなかったため、買受人において借地権を取得することができなかった場合には、公平の見地から、買受人は、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用により、債務者に対し、代金の減額を請求することができ、また、債務者が無資力であるときは、売却代金の配当を受けた債権者らに対してその減額分の返還を請求することができるものと解するのが相当である。

本件競売においては、現況調査報告書には被告信子が本件土地につき借地権を有するものと認められるとの記載があるほか、評価書には、本件借地権の存在を考慮した上で本件建物の評価額を算出し決定したものであることが明記されていて、調査時である平成八年三月一九日現在地代の滞納はないとの記載があり、物件明細書にも、本件建物が借地権付建物である旨の記載が存在する。もっとも、現況調査報告書によれば、本件賃貸借契約については、被告信子が承諾料を支払った時点で正式に賃貸借契約を締結するとの趣旨を記載した覚書は存在するが正式な賃貸借契約書は結局作成されなかったことが窺われるものの、同報告書中にも、その他の競売関係書類中にも、本件賃貸借契約が解除される理由となった賃料の不払いの事実を疑わせるような記載は何ら存在しない。

右事実関係からすると、本件競売においては、本件建物のために本件借地権が存在することを前提として本件建物の評価及び最低売却価額の決定がされ、売却が実施されたことが明らかである。にもかかわらず、実際には、本件土地賃借人であった被告信子の賃料不払いを理由として本件土地賃貸借契約が解除された結果、本件建物の買受人である原告が代金を納付して本件建物の所有権を取得した時点において本件借地権はしなかったというのであるから、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用により、原告は、本件競売による売買代金につき減額請求をしうるものと解すべきである。

2 原告による本件借地権の放棄について

被告公庫及び同松原は、本件賃貸借契約解除の有効性につき裁判で確定させることなく訴外会社との間で和解に応じたのは原告が自ら借地権を放棄したに等しいと主張する。しかしながら、《証拠略》によれば、被告信子が約二三か月にわたって賃料の支払いを怠っていたこと、訴外会社は、相当期間を定めて催告した上で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を行ったこと、訴外会社は、原告からの土地賃貸権譲受許可申立てによる借地事件非訟手続において、本件賃貸借契約が既に終了していることを主張して争い、和解の席上でも、本件借地権が存在しないことを前提とする和解でなければ応じられないとの意向を示していたこと、これらの事実を踏まえて、原告と訴外会社とは、本件賃貸借契約が被告信子の地代滞納を理由として平成八年一二月一九日に解除により終了したことを確認した上、原告から訴外会社に対し、本件建物を金一五五〇万円で売り渡す旨の本件和解を成立させたことの各事実が認められる。右のような経緯に照らせば、原告において、本件借地権の存否につき訴訟で最終的に確定させることなく本件和解に応じたことは、あながち不合理ということはできず、右被告らの主張するように、原告において本件借地権の存続を主張立証し得たにもかかわらずあえてそれを放棄したものとみることはできないし、訴外会社との間の裁判で借地権の不存在が確定されない限り本訴において本件借地権の不存在を主張することが許されないと解すべき法的根拠もない。したがって、右被告らの前記主張は、採用することができない。

3 原告の悪意について

(一) 被告松原及び同都築らは、被告脩及び田利弁護士から原告に対し、原告が売却代金を納付する前に本件賃貸借契約が解除されたことを通告したから、原告は悪意であって、代金の減額を請求することはできないと主張するので、この点について検討する。

(二) 民法五六六条一項、二項の規定は、買主が地上権等による制限等の存在を知らなかった場合にのみ、契約の解除ないし損害賠償の請求をすることができるものとしている。これは、買主が契約締結の時点で右制限等の存在を知っていた場合には、そのことを考慮に入れて代金額等が定められているはずであるから、特に買主に対して保護を与える必要がないためであると解される。したがって、右規定の趣旨からすれば、右制限等の存在についての買主の善意悪意は、売買契約締結の時点を基準として判断されるべきものということができる。

ところで、競売手続をその実体法的な側面からみれば、売買契約における買受の申込みとしての実質を有する買受人からの買受申出に対し、売主の承諾の意思表示としての性質を有する執行裁判所による売却許可決定がされることによって売買契約が成立し、売却許可決定が確定すると、売買契約が確定的に成立し、かつ、効力を生ずることとなる。右のような、競売の有する私法上の売買として性質を、民法五六六条一項、二項の規定に当てはめて考えれば、競売手続の場合における同条規定の制限等の存在についての買受人の悪意は、代金納付の時点ではなく、遅くとも、私法上の売買契約が確定的に成立し効力を生ずることとなる売却許可決定の確定の時点までに存在することを要するものと解するのが相当である。なぜなら、買受人は、売却許可決定の確定により、代金の納付義務を負うことになるのであって(民事執行法七八条一項)、代金納付は、既に成立した私法上の売買契約に基づく義務の履行としての性質を有するに過ぎないからである。

(三) 本件についてみるに、本件競売における売却許可決定は、同決定に対する執行抗告を棄却する旨の決定が被告都築らに送達された平成九年一月六日に確定したものであるところ、本件全証拠によっても、同日以前に原告代表者が本件賃貸借契約解除の事実を認識していたことを認めるに足りない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告松原及び同都築らの原告の悪意についての主張は、理由がない。

4 原告の過失について

民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項による代金減額請求は、買受入の無過失を要件とするものでないことはその条文から明らかである。もっとも、当事者間の公平という見地からすれば、本件借地権の不存在を知らなかったことにつき、買受人である原告に悪意と同視すべき程度の重過失がある場合には前記各条項の類推適用の主張が許されないものと解する余地がないではない。しかしながら、本件競売において、評価書に地代の滞納はない旨記載されている調査時点(平成八年三月一九日)から原告による入札(同年一〇月二日)まで約六か月が経過していること及び原告が被告都築らないし訴外会社に対して直接地代滞納の有無につき確認することなく本件競売関係各書類の記載を信じたことは認められるものの、これらの事実のみでは、いまだ原告において悪意と同視すべき程度の重大な過失があったとまではいうことはできず、他に、右のような重過失と評価するに足りる事実を認めるに足りる証拠はない。

5 原告の不法行為(被告会社による相殺)について

被告会社は、地主である訴外会社から被告公庫に対する通知義務違反を理由として本件賃貸借契約の解除が無効であることを前提に、原告が訴外会社との間で本件和解を成立させ、本件賃貸借契約の解除を認めたことが被告会社の抵当権に対する侵害として不法行為を構成すると主張する。しかしながら、被告都築らが本件建物を建築した際、訴外会社が被告公庫に対して「借地人の賃料延滞その他の理由により賃貸借契約を解除しようとする場合は、あらかじめ公庫に通知していただくようお願いします。」との記載がある承諾書を差し入れていたとしても、右記載のみでは、訴外会社が被告公庫に対して法律上の通知義務を負担したとまでいうことはできず、仮に訴外会社が被告公庫に対して通知義務を負っていたとしても、通知義務に違反する本件賃貸借契約の解除が被告信子に対する関係で無効となるとの主張は、被告会社の独自の見解であって採用することができないから、結局、原告の不法行為に関する訴外会社の主張は、その前提を欠き、失当である。

6 減額されるべき代金額について

前記1判示のとおり、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項の類推適用を認める趣旨は、買受人が当然に借地権を取得しうるものとして買受の申出をし、売却許可決定を得て代金に納付したにもかかわらず、実際には借地権が存在しなかったために借地権を取得することができなかった場合に、それによる損失を買受人に負担させることが関係者間の公平の観点からみて相当でないということにある。右のような趣旨からすれば、減額請求が認められるべき金額についても、買受人に不当な損失を被らせないという見地から評価算定されるべきである。ところで、本件では、買受人である原告は、訴外会社を相手方とする借地事件非訟手続において、本件賃貸借契約が解除により終了していること、したがって本件借地権が存在しないことを前提として、本件建物を金一五五〇万円で訴外会社に売り渡す旨の本件和解を成立させている。右事実に照らせば、本件借地権のみの客観的な価値は、本件借地権が有することを前提とする本件建物の売却価格(原告による入札価格)金二八五一万二〇〇〇円から、本件建物のみの売却価格金一五五〇万円を控除した金一三〇一万二〇〇〇円と算定評価することができ、また、このように評価することが、買受人である原告に不当な損失を被らせることなく関係当事者間の公平を図るという趣旨に合致するものというべきである。原告の主張する計算方法によるとすれば、本件借地権が存在しなかったことによりかえって買受人である原告は利得を得ることになるが、このようなことは法の予定するところではなく、採用するを得ないものといわなければならない。

三  争点3(被告都築らの無資力)について

《証拠略》によれば、被告都築らは、平成九年三月ころ、本件建物の買戻しを希望していて、原告から金五〇〇〇万円の要求が呈示されたこと、被告都築らは、同月の時点では、被告脩の関与していた事業から近日中に金五〇〇〇万円ないし六〇〇〇万円の利益を得ることができると考えていたため、これに応じる意向を示していたこと、しかし、右事業がうまくいかなかったことから、結局本件建物の買戻しを断念し、同年四月一五日には原告に対してその旨伝えて買戻しの交渉を打ち切った上、同年五月に本件建物を明け渡したことが認められ、また、《証拠略》によれば、本件競売の時点で、被告都築らは、被告公庫、被告会社及び被告松原に対する債務以外にも、金額は明らかでないものの都税事務所を含む複数の債権者に対する債務を負担していて、本件競売による売却代金をもってしても、被告公庫及び被告会社に対する債務以外は完済するに至らなかったことが認められ、これらの事実を総合すれば、原告が被告都築らに対して一部解除の意思表示(その法的性質は代金減額請求と理解することができる。)をした平成九年一一月二一日の時点において同被告らは無資力であったと推認することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  以上によれば、原告は、被告都築らとの関係では、それぞれの共有持分に応じ(なお、代金減額請求による共有者らの売買代金の一部の返還債務は、その性質上可分債務であって、その割合は各共有持分に応じるものと解するのが相当である。)、代金減額請求として、被告信子に対しては金九一〇万八四〇〇円、同脩に対しては金三二五万三〇〇〇円、同和夫に対しては金六五万〇六〇〇円及び各々に対する請求の日の翌日である平成九年一一月二二日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求めることができ、また、同被告らは無資力であるから、売却代金の配当を受けた債権者らのうち、第三順位の抵当権者として金一四四三万六二二三円の配当を受けた被告松原に対し、右配当金のうち金一三〇一万二〇〇〇円の返還及びこれに対する同日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。しかしながら、被告都築ら及び被告松原に対するその余の請求並びに第一順位及び第二順位の抵当権者としてそれぞれ配当を受けた被告公庫及び同会社に対する請求は、いずれも理由がない。

(裁判官 増森珠美)

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